PGSの本当の意義 -非科学編-

PGS(着床前染色体スクリーニング)の本当の意義について、2回に渡って議論したいと思います。
今回は倫理的問題について考えていきます。
※「流産」という言葉が多く出てきますので、閲覧にはご注意ください。

ヒトは胎生何週から人間になるのか?

生殖医療における倫理について考える上で、避けて通れない問題です。
これに対する明確な答えを示すのは難しいことです。でも、物から生命への境界を定めておかないと社会では困るので、便宜上人間がいろいろと解釈して境界を定めています。

日本産婦人科学会での「生命」の境界は、妊娠22週です。これは母体の外へ出て生きることができるという基準です。22週以降の妊娠の停止は死産、それ以前は流産と定められます。母体保護法によって、妊娠22週までの妊娠の停止が認められています。

一方、戸籍法上の境界は、妊娠12週です。これは、理由はよく分かりませんが、ある程度妊娠継続する週数になってからということかもしれません。妊娠12週以降の娩出では、出産または死産届が必要となります。

生物学的に考えると、一通りの器官形成が終了して、脳神経系がある程度発育した妊娠18~20週頃が、生命の開始と考えられると思います。また私自身は、やはり妊娠20週頃に、胎児の中に魂が宿るようなイメージをもっています。これは個人的な経験によるもので、科学的根拠はありません。

妊娠初期胚に対する倫理

では、妊娠初期であればまだ胎児は物体にすぎないので、妊娠を自由に停止してよいのか?というと、そうではありません。生命倫理というのは胎児側ではなく、産み手側に立った倫理なのです。

女性は、妊娠すると大きく体調が変化し、母親になるという自覚を体全体を通して感じます。出産のこと、赤ちゃんとの生活のこと、どんな母親になるかという様々なイメージを膨らませます。この時点で、母親の中にはすでに「生命」は存在しているのです。母親だけではありません。周囲の人間にも、妊娠がわかった時点で女性の中に新たな生命は存在しています。

そういう意味で、妊娠初期であってもむやみに妊娠を中止することは「生命の軽視」につながりますし、出来る限り避けられるべきです。また、流産してしまった場合に供養を行うことは、生命を大切にする行為であり意味があることだと思います。この供養というのは、実は胎児に対してだけではなく、母親にとって意味深いことでもあります。母親の中には、新たな「生命」とともに、「母親になるはずの自分」という新たな存在があったはずなのです。失われてしまった「生命」と、「母親になるはずであった自分」この2つの存在に対する弔いが必要なのです。

受精卵に対する倫理

では受精卵=胚に対する倫理はどうとらえたら良いのでしょうか。
胚は、生命になる可能性を秘めた物体ではありますが、女性の体の中に戻す前であれば、母親になるイメージを彷彿とさせることもありません。ですから、胚は物体にすぎないのです。

しかし、研究においてヒト胚で遺伝子編集をおこなうことが禁止されている理由は、それが万が一体内に戻されて生まれたらどうなるか、ということを想定して決められているのです。生まれる個体へ重大な影響を与える可能性がある、だから早い段階で禁じておくべき、ということです。

実験動物であっても、胚を扱った研究には届出が必要なのは、遺伝子改変生物が自然界の生物と混ざってしまわないよう、管理が必要だからです。
一方で胚を「廃棄」することは、生まれないための行為なので倫理的に問題はありません。

PGSの目的

さて、本題に移りたいと思います。
PGSの最大の目的は、「流産を減らすこと」です。PGSは優生思想につながると懸念する声も聞かれますが、そういった人たちには、不妊治療の現場をもっと知ってほしいと思います。40代では、妊娠した人の約半数が流産に至ってしまうのが現状なのです。

PGSは命を大事にする行為

染色体異常をもつ胚は、そのほとんどが着床しないか、妊娠の過程で流産の形に終わってしまいます。PGSを行うことによって、流産を回避することができれば、失われる「生命」を減らすことができます。さらに、「母親になるはずだった女性」の存在をも救済することができるのです。

PGSは染色体異常を抱えて生まれた子供たちの生命の尊厳を否定するものではない

多くの染色体異常の胚が流産に至る中で、出産まで至った子供たちは本当に貴重な存在だと思います。選ばれし存在とも言えるかもしれません。彼ら彼女らが産まれてきたことには何かの意味があるはずです。PGSが行われることで、その子供たちの生命の尊厳が否定されることはありません。

PGSが広く行われるようになっても、魂が行き場を失うことはない

PGSを行って廃棄される胚があったとしても、子供たちの魂は別の入れ物を選んでこの世にやってくることでしょう。PGSが広く行われるようになったからといって、子供たちの魂が行き場を失うことはありません。むしろ、妊娠中のスクリーニング検査(NIPTや羊水検査など)によって、母体の中で育っている胚を選別することのほうが、よっぽど倫理的に問題があると思います。そこには既に「生命」はあるのですから。PGSでは、これらを未然に防ぐことができます。

以上、科学的な話ではありませんが、不妊治療の現場で働く者の意見として述べさせてもらいました。
PGSについての理解が医療関係者以外にも広がることを願っています。

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