PGSの本当の意義 -科学編-

PGSの目的

PGSの目的は、妊娠率を上昇させることと流産を減らすことですが、どちらかというと後者のほうが意義は大きいです。なぜなら一度妊娠して流産すると、多大な治療期間のロスにつながるからです。「生涯挙児獲得率」という視点でPGSの有用性を評価した論文は現在のところありません。しかし、治療中の皆さんにとって最も重要なのは、1回の治療の結果云々ではなく、最終的に出産できるのか?ということなのではないでしょうか。
今回は、この「流産率」に焦点を当てて、科学的に考察したいと思います。

※前回同様、「流産」という言葉が多く出てきますので、閲覧にはご注意ください。

PGSの手法の変化と有用性の評価

まずはPGSの有用性について、ざっくりと説明します。
PGSと一口に言っても、胚の染色体の本数を解析する技術は時代によって変化しています。古い解析方法は精度が低いために、正常と診断した胚の多くに異常な胚が含まれており、有意義な診断にはなりませんでした。しかし、最近ではより正確な診断が可能となっています。

FISH法:古くは分割期胚の割球を1個生検し、特定の染色体の本数を調べる方法が行われていました(2011年頃まで)が、検査する染色体の数が限られていたことや胚のモザイクの問題があり、正確な診断ができませんでした。このため、「PGSを行う群より、行わなかった群のほうが出産率が高い」とされていました [1]

アレイCGH法:その後、胚盤胞の胎盤になる部分の細胞を5個程度生検し、全遺伝子を増幅させ、遺伝子量を定量化する方法が主流となりました。「高年齢群でのみ妊娠率を上昇させるが、流産率は有意に減らない」という見解が多いですが [2] [3]、習慣流産の患者さんを対象とした場合、流産率も減らすという報告があります [4]

NGS法:増幅させた全遺伝子の塩基配列を解読する方法です。2015年頃よりこの方法が広く利用されるようになってきていますが、まだ大規模な報告は行われていません。染色体の本数の診断は感度・特異度ともに100%ですが [5]、39歳以下を対象にした検討ではアレイCGHと比べて高い着床率と低い流産率が得られたものの有意差は出ていません [6]。今後、高年齢や反復不成功例を対象とした報告が期待されます。

PGS or 複数胚移植?

PGSに否定的な意見の中には、「調べないで複数胚を移植すればいい」という意見がありますが、これは双胎を増やすリスクがあるとともに、理論的には流産率をも増やしてしまうリスクを含んでいます。これを数学的に説明したいと思います。

まず、以下の2つの点についてご理解ください。

トリソミーは着床するがモノソミーは着床しない

流産物の検査から、モノソミーはほとんどなく、トリソミーが9割、残りの1割が倍数体であることが知られています [8]。モノソミーは、16番やX染色体といった例外を除いてほぼ着床しません [9]。では染色体トリソミーの何割が着床するのか?については、私が調べた限り報告は存在しません。異常胚を移植することは普通行わないからです。

そこで、以下のように考察してみます。世界中の報告より、35歳前後でPGSを行って正常胚を移植した場合の最高の着床率は60~70%(着床因子が関与するため100%にはならない)です。一方、PGSを行わないで移植した場合の最高の着床率も約60%(当院データ)であり、大きくは異なりません。この理由は、後者ではトリソミーも着床するためと考えられます。

35歳未満では染色体正常な胚盤胞の割合は約60%なので、残りの40%をトリソミーとモノソミーが分ける(1回の染色体不均等分配によるので基本的にほぼ同じ割合でできます)と考えると、20%程度がトリソミーとなり、仮に全部着床すると考えると60+20=80%、7割着床すると考えて約60%となります。つまり、トリソミーのほとんどは着床していると考えられます。

流産率を減らすことの証明が難しい理由

着床の因子が関与すると、PGSを行った場合も行わなかった場合も、同様に妊娠数・流産数も本来の数字より下がります。統計学的な有意性というのは「差」の比較なので、両方が同様に下がれば当然その差も少なくなります。よって、着床因子が影響するほど、有意であることの証明は困難になります。

ただし、近年は着床の検査も可能となってきており、移植日を前後させるといった対応で今後解決の方向へ向かっていくことが期待されます。

本ページでは、着床因子を除外して、理論上の妊娠率・流産率について考察したいと思います。

複数胚移植は流産率を高める?

単一の染色体の異常のみを考えた場合

では本題です。
まず、シンプルに単一の(ある一組の)染色体の異常のみを想定し、一つの胚を移植した場合の妊娠率と流産率について考えてみます。下の表で、Nはnormal、Gはgain(ある染色体が1本多い、トリソミー)、Lはloss(ある染色体が1本少ない、モノソミー)を示します。NとG(ピンク+グレー)は着床し、N(ピンク)は継続妊娠に至りますが、G(グレー)は流産に至ります。Lは着床しません。表中の数字は、着床数→継続妊娠数を示します。

※ここでは、流産率とは「移植あたりの流産の割合」を示すこととします。

単一の染色体異常について考えるSETの場合-小柳由利子の小部屋

一つの胚を移植した場合、その胚が染色体正常である確率をxとすると、
継続妊娠率はx、流産率は(1-x)/2と表されます。
(モザイクや倍数体は割合が少ないので除外しています。)

次に、2個の胚を移植した場合を考えてみたいと思います。

単一の染色体異常について考えるDETの場合-小柳由利子の小部屋
継続妊娠率はDET妊娠率-小柳由利子の小部屋、流産率はDET流産率-小柳由利子の小部屋となります。例として、

x=0.6(約36歳)のとき、1個移植の場合の着床率は80%→継続妊娠率は60%、流産率は20%
2個移植の場合の着床率は96%→継続妊娠率は84%(うち多胎36%)、流産率は12% となります。

x=0.33(約40歳)のとき、1個移植の場合の着床率は66%→継続妊娠率は33%、流産率は33%
2個移植の場合の着床率は90%→継続妊娠率は50%(うち多胎10%)、流産率は40% となります。

このように、xが小さい場合、2個胚移植では妊娠率が上がるとともに流産率も上がります。
(xが大きい場合は多胎率が高すぎることがむしろ問題になります)
では、これを一般化して検討したいと思います。

妊娠率については、双方の卵が干渉し合わない限り、2個胚移植をすれば上がるのは容易に想像できると思います。

流産率については、(2個胚移植での流産率)-(1個胚移植での流産率)>0となれば、2個胚移植で流産率が上がることになります。左辺をyとして、これを数式で表すと流産率の差(DET-SET)-小柳由利子の小部屋となります(0<x<1)。

これをグラフにすると、y>0となるのは0<x<1/3の領域で、xが0に近いほどyは大きくなります。すなわち、だいたい40歳以上で、2個胚移植の流産率が上がると考えられます。

複数の染色体の異常を考えた場合

先程は一組の染色体の多い・少ないのみを検討しましたが、実際には年齢が上がるほど、複数の染色体の異常ということが起き、これらは通常着床しません。着床しないものが増えれば流産は逆に減少するような気もしますが、実はそうではありません。

複数の染色体の異常をもつ胚をM(=multiple error)として、先程の表のLをL+Mと置きかえて考えてみます。

複数の染色体異常について考えるDETの場合-小柳由利子の小部屋

ここで、新たにGの確率をa、L+Mの確率をbと表すと、(2個胚移植での流産率)-(1個胚移植での流産率)は、

複数の染色体異常について考える流産率の差(DET-SET)と表されます。

y>0となるのは、y=a(a+2b-1)>0の場合ですが、a>0なので、a+2b-1>0の場合となります。感覚的にわかりにくいので、x+a+b=1より、a=1-x-bを代入すると、b>xとなります。

ここで下図を参照すると [9]、b>xとは赤の半分+緑+紫の長さ>青の長さを意味するため、40歳以上が該当すると考えられます。

各年齢における胚盤胞の染色体構成-小柳由利子の小部屋

まとめ

以上のことから、40歳以上では、PGSを行わないときの2個胚移植では1個胚移植より理論的に流産率が上がることが示されました。ただし、これは移植あたりの流産率であって、着床あたりの流産率(一般的には流産率とはこちらを意味します)については、2個胚移植では常に減少します(数式での説明は割愛します)。

例えば、上の表より45歳での数値 x=0.1, a=0.1, b=0.8をもとに考えると

1個移植では、着床20%のうち継続妊娠が10%、流産が10%→着床あたりの流産率は50%
2個移植では、着床36%のうち継続妊娠が19%、流産が17%→着床あたりの流産率は47.2%

このように、2個移植では見かけの流産率は下がっていますが、流産の「機会」としては、実は上昇しているのです。

結論としては、妊娠率を上げるために安易にPGSのかわりに複数胚移植を行うべきではないということが言えるでしょう。

参考文献

患者さんのご要望により、参考文献を記載することにしました。興味のあるかたは以下のリンクより本文をご参照下さい。(Pubmedへリンクします。モバイル向け表示はURLの/pubmedの前に/mを入れて下さい)

[1] Mastenbroek S, Twisk M, van der Veen F, Repping S. Preimplantation genetic screening: a systematic review and meta-analysis of RCTs. Hum Reprod Update. 2011;17(4):454-466.
[2] Kang H-J, Melnick AP, Stewart JD, Xu K, Rosenwaks Z. Preimplantation genetic screening: who benefits? Fertil Steril. 2016:597-602. 
[3] Dahdouh EM, Balayla J, Garc??a-Velasco JA. Comprehensive chromosome screening improves embryo selection: A meta-analysis. Fertil Steril. 2015;104(6):1503-1512.
[4] Hodes-Wertz B, Grifo J, Ghadir S, et al. Idiopathic recurrent miscarriage is caused mostly by aneuploid embryos. Fertil Steril. 2012;98(3):675-680. 
[5] Fiorentino F, Bono S, Biricik A, et al. Application of next-generation sequencing technology for comprehensive aneuploidy screening of blastocysts in clinical preimplantation genetic screening cycles. Hum Reprod. 2014;29(12):2802-2813.
[6] Yang Z, Lin J, Zhang J, et al. Randomized comparison of next-generation sequencing and array comparative genomic hybridization for preimplantation genetic screening: a pilot study. BMC Med Genomics. 2015;8(1):30.
[7] Rodriguez-Purata J, Lee J, Whitehouse M, et al. Embryo selection versus natural selection: How do outcomes of comprehensive chromosome screening of blastocysts compare with the analysis of products of conception from early pregnancy loss (dilation and curettage) among an assisted reproductive technology population? Fertil Steril. 2015;104(6):1460-1466.e12.
[8] Munné S, Bahçe M, Sandalinas M, et al. Differences in chromosome susceptibility to aneuploidy and survival to first trimester. Reprod Biomed Online. 2004;8(1):81-90.
[9] Franasiak JM, Forman EJ, Hong KH, et al. The nature of aneuploidy with increasing age of the female partner: A review of 15,169 consecutive trophectoderm biopsies evaluated with comprehensive chromosomal screening. Fertil Steril. 2014;101(3):656-663.e1.

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コメント

  1. […] 「病院選びにあたってのアドバイス」や「PGS(着床前スクリーニング)の本当の意義」、「低刺激?or高刺激?」、「妊娠率90%を超えるクリニック」の作り方など、私たちの知りたいテーマを1つ1つ丁寧に説明してくれています。 […]