着床前診断(PGD=PGT-M&PGT-SR)について

ラジオでPGDについてお話させていただきましたが、短い時間内にお伝えしきれなかった部分もあるので、まとめ直してみました。

日本でのPGDの歴史と現在

日本では日本産婦人科学会の認可のもとに行われる。(法律での規定はない)

「施設」および「症例」双方の認可が必要。現在52施設が認可。(参照:PGDコンソーシアムJAPCO

各施設の倫理委員会で審査し、さらに学会の倫理委員会で審議、理事会で決定するという手順を踏むために、時間がかかる(早くて半年)。

1998年に重篤な遺伝性疾患のみを対象として開始。2004年にはじめての症例で実施が認可された。2006年に習慣流産が対象として加わった。(2004年の諏訪マタニティー・大谷訴訟がきっかけに)

今後、遺伝性疾患に対して対象を拡大することが学会にて決定されている。

対象となる疾患

対象は、

重篤な遺伝性疾患をもつ児を出産する可能性がある方(PGT-M)

・染色体の構造変化を原因とした習慣流産の方(PGT-SR)

重篤な遺伝性疾患とは、「20歳までに死亡する」というのが一つの判断基準。不自由であっても死に至らなければ対象とならない。

現在までに認可された対象疾患は、多い順にデュシェンヌ型筋ジストロフィー、筋強直性ジス トロフィー、副腎白質ジストロフィー。その他骨形成不全や代謝性疾患など。

開始から17年間で、学会への遺伝性疾患での申請123件、習慣流産での申請355件、いずれも85%程度が認可されている。ただし、重篤とはいえない疾患、流産回数が2回に達していない場合など、各施設への申請段階で多くの症例がはじかれている現状がある

方法と有効性について

方法は、体外受精を行い、胚盤胞の段階で胎盤になる細胞を一部採取する(PGS、PGT-Aの方法と同じ)。その後、DNA増幅を行い、遺伝性疾患(PGT-M)の場合はPCRという手法で、習慣流産(PGT-SR)の場合はNGSにて解析を行う。胚は検査後に一旦凍結保存する。

検査に必要な期間は1~2ヶ月。遺伝性疾患の場合、目的とする遺伝子の変異のパターンにより、検出するためのプロトコル作成に時間がかかることがある。検査を通過した胚があれば、その後融解胚移植を行う。

診断の精度については、ほぼ100%の診断率と言われているが、卵子が取れる個数が人によって異なること、年齢が上がると異常卵の割合が増えることなどから、人によっては妊娠までの時間や費用がかかる可能性がある。

遺伝する確率は、遺伝性疾患では遺伝様式によるが、「性別によらず1/2の確率で遺伝する」パターン、または「男児にのみ1/2の確率で遺伝する」パターンが多い。つまり検査した胚のうち半分または1/4が正常となる。習慣流産の場合、若年でも正常胚の割合は15%前後と報告されている。

遺伝性疾患の場合、平均採卵個数が8.5個、移植可能胚数が1.7個。習慣流産の場合、平均採卵個数が7.4個、移植可能胚数が0.8個という報告がある(厚労省研究班データ)。つまり1回の採卵で移植できる胚がとれない可能性もある。

日本の問題点、海外との比較

海外では86%の国でPGDが実施可能。日本のように学会での審査などは行われず、基本的に各施設と検査会社間で迅速にすすめられる。日本では手続きに非常に時間がかかるため、30代後半になると妊娠の可能性を失ってしまいかねない。また、20歳以上生きる「重篤ではない」疾患に対しては対象外であるが、病気が遺伝する可能性があるために妊娠・出産(もしくは結婚)に踏み切れないという患者さんが多く存在している現状がある(ラジオでメッセージを紹介させていただきました)。

日本ではPGDは未だに学会ベースでの臨床研究という位置づけであるが、その理由として「有効性についての問題点」「命の選別につながるという倫理的な問題」がある。

①有用性について

先述したデータの通り、体外受精の効率が悪いことが問題として挙げられているが、技術的には不妊専門クリニックより遅れている大学が主体となって検査を行っていることに問題があると考える。このままではいくら検討したところで有効という結論が得られない可能性がある。

②倫理的問題について

日本よりも自由に検査にアクセス可能な海外において、ダウン症を始めとする遺伝性疾患児に対する中絶率が低いことが明らかとなっている。つまり自己選択権は、生命への畏敬と相反するものではない。障害に対する人々の考え方には、むしろ社会福祉など育てやすい環境を整えサポートすることのほうが影響は大きいと考える。

産まれる命の選択は、病気への受容力・耐性、家庭的背景や経済面など含めたごくごく個人的な問題であり、他人がその人の幸せを保証することができない以上、自由に選択する権利があると私は考える。一例として、私が今まで接してきた医療従事者は、最も検査への知識が豊富でアクセス性が高いにも関わらず、「どんな子でも生まれてきたら大切に育てる」と言って、NIPTなどの検査を受けない人が多い印象があった。これは、職業柄病気への受容力が高いこともあるが、経済的な安定も大きいと思われる。

最後に

日本は、今まで医療の生命倫理において「自己選択権」にずっと向き合わずにここまで来ました。例えば人工妊娠中絶についても、胎児要件で妊娠の中断は今でも認められておらず、全て母体の「健康を害する可能性」「経済的理由」にすり替えられています。しかし、生命の選択に反対する人々に問いたいと思います。

「では、あなたは病気の子を自分で育てられますか?」

「患者さんの人生の責任を取れますか?」

「自分の体で何度も流産する苦しみを味わってみましたか?」

時代が進めば技術も進歩します。生命倫理も、時代に伴って変化するものだし、するべきだと私は思います。ここ数年で胚の診断技術は非常に進歩し、より安全に・より確実に診断ができるようになってきました。医療は患者さんのためにあるもので、患者さんにはそれを利用する権利があります。生命倫理に関する議論が、今後もっと患者さんのほうを向いて行われることを心から願います。

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